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さざなみ 在日コリアン@ 弟が教えてくれたこと 1枚の遺影が部屋の壁に風られている。大阪市生野区にある「コリアボランティア協会」。協会代表の康秀峰(カンスボン)さん(52)の弟で四つ年下、腎臓など長患いの末、先月初め亡くなった。協会のスタッフや出入りのボランティアと仲良しだった。最期の1年間はほとんど病院生活。独身でほかに付き合いもなかった。康さんがスタッフの了解を得て四十九日が過ぎるまで部屋においてもらうことにした。 書道家としても著名な康さんの人生は弟で決まったといっていい。生野区に住み。もの心ついたときから弟は足が不自由だった。母子家庭。母は働きに出て、兄と姉にも障害があったので弟の世話は康さんがした。赤貧の暮らし。病院にも行けず、足を矯正するのに鉄板をあてがわれていた。 ふだんはやさしかったが、時々たまったストレスを破裂させる。体をねじって鉄の足を振り上げ、それを康さんが頭に受け、卒倒したことが何度もあった。「あれが悪いんじゃない」と、学校に通いながら介護を続けた。 部屋を間借りしていた家主は日本人だったが、在日の康さん一家に親切だった。同情して家賃も請求しなかった。一人暮らしの老女で目が不自由。康さんはお礼に彼女の手足となって家事を手伝った。康さんがのちに介護中心のボランティア協会を作ったのはこうした原体験による。 高校卒業後、東京で兄のヘップ(サンダル)工場を手伝った後、大阪に戻り、化粧品販売を興した。一時は50人ほどの社員をかかえるまでになった。ところが、病弱な弟は自立できない。「書道で身を」と、付き添いをかね2人で、書道を習った。康さんが24歳のときだった。ここで書の才能を開花させたのは兄のほうだった。年齢からして奇跡に近かった。書家として名をなしつつあった康さんは、やがて会社をたたんで書道教室を開く。弟に教室を手伝わせ世話もできるから…。 その、分身ともいえる弟がなくなった。康さんは数日、アパートの自室に閉じこもった。 【前田 隆司】 |
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