日本のウッドチップ貿易とチリの原生林についてのレポート
情報提供: 吉村麻理さん (モンタナ大学環境学部修士課程在籍)
日本の紙製品の主な原料は、針葉樹あるいは広葉樹から造るウッドチップで、大きさが500円硬貨ぐらい(1.2〜2.5cm四方で厚さ3〜5mm)の木片です。チップは製材・合板の残り、間伐材、植林・原生林から伐採した木など、いろいろな木材から製造することができます。
日本は世界でも主要なチップ輸入国で、針葉樹チップ・広葉樹チップを合わせて、世界18カ国から年間2600万平方メートル以上を輸入しています(FAO 2002)。これは、日本で消費されるチップ7割以上にあたります。
南米チリは、日本にとって主要な広葉樹チップ輸出国です。輸出高はオーストラリア、アメリカ合衆国に次いで、第3位となっています(日本製連合界 2002)。チリでは、世界のチップ貿易における日本の輸入量の大きさが誘引となって、チップ輸出が始まり、日本を中心に輸出が行われてきました(Clapp 1998)。
チップ貿易がチリの経済に影響を与えたことは言うまでもありませんが、この貿易はチリの原生林にも大きな影響を与えました。チップ生産のためにチリの原生林の木々を全て伐採してしまう皆伐(その後のユーカリ植林)がすすみ、過去200年間の開発等によって、かなり森林破壊が進んでいたところに、追い討ちをかけるような状態となっています (Wilcox 1996 and Clapp 1998)。
このレポートは、日本とのチップ貿易を中心に、
1)チリの原生林の特徴と原生林破壊の歴史、
2)ウッドチップ貿易を通して見た日本とチリとの関わり、
3)今までチップ製造のために日本がチリの原生林にもたらした影響、また、
4)チリの環境保護へ障害となっているチリの国内事情などについてまとめています。もちろん、貿易イコール環境破壊というように、貿易がいつも環境破壊を引き起こすというわけではありません。
ただ、自然資源を我々人間がいかに・どれだけ使うかによっては、野生の動植物や生態系や地域社会の人々に取り返しのつかない影響を与えてしまう可能性は十分あるということ、また、国際貿易がこういった影響の誘引になることをチリの例は示していると思います。
このレポートを通して私たち日本の市民一人一人が、チリに対する理解を更に深め、世界の財産であるチリの生物多様性、種の固有性を次の世代に伝えていくために何ができるか、共に考え行動していくための、きっかけとなればと願っています。
チリの多様な動植物は、固有性の高さで有名です。東には険しいアンデス山系、北にはアタカマ砂漠、西には太平洋が広がっているため、他の地域から、また他の地域へ、動物が移動したり、動物の移動に伴う植物間の交配や植物の他花受粉などが阻まれてしまいました。この結果、生態的に孤立し、過去何百万年もの間、チリの動植物は独自の進化を遂げたのです (Wilcox 1996)。
チリはかつて、現在よりももっと、多種多様で固有の針葉樹・広葉樹種が混在する原生林でおおわれていました。乾燥した北部では、雪がとけ水分となって、土壌を潤す谷に木々が生育し、中部では、干ばつに強い樹種が、谷や丘を緑で彩っていました。また、雨の多い南部には、大西洋岸からアンデス山脈にかけて温帯広葉樹の森がひろがり、最南部を覆っていたブナ(広葉樹の一種)林は人と動物に暴風雨からの非難場所となっていました(Cartwright 1999)。
しかし、1800年代にヨーロッパからの移民が本格的に始まってから、豊かだったチリの原生林は人々に居住地、農業・牧畜用地、あるいは薪・木材等を提供するため、大規模に伐採され、1950年代までには、家具や製材用材として高価な値段で売れる原生木は、かなり減ってしまいました。さらに1980年代後半から始まった日本とのウッドチップ貿易が急速に拡大し、この貿易が引き金となって、原生林の皆伐がすすんでしまいました(Claro and Wilson 1996、and Clapp 1998)。
最近では、チップ用木材のほかに、ユーカリ(主にチップ用早成樹種)の植林地を造るための原生林の伐採も行われています (Wilcox 1996, Clapp 1998 and 2001, and Langman 2003)。もともとチリの森林面積がどれくらいあったかについてのデータがありませんので、喪失した森林面積もはっきりしていませんが、過去200年間に1500〜2000万ヘクタール以上の森林がなくなってしまったと見られ、現在残っている手付かずの原生林は約400万ヘクタール以下と推測されています (Wilcox 1996)。
こういった原生林喪失の現状も踏まえ、以下のパートでは、焦点を日本-チリ間のウッドチップ貿易に絞って、その歴史や日本企業との関わり、チリの環境・社会への影響、また最後にチリでの原生林保護を阻む状況などについてみていきます。
2.1歴史的背景
チリと日本とのウッドチップ貿易は、1988年1月に始まりました (CONAF 1991, Clapp 1998より引用)。これは、当時、新しいチップの供給先を見つけようと躍起になっていた日本と自然資源の貿易を進めていたチリ政府との利害が一致したことがっきかけとなっています。
日本は、1980年代後半、新たなチップ供給先を見つけなければならない状況に直面していました。それまで主なウッドチップの供給国であったオーストラリアが、1987年に輸出制限を始め、チップの輸入量が減ってしまったためです (Claro and Wilson 1996)。
一方、人口が1500万人と少ないため、内需拡大による経済発展の可能性には限界を感じていたチリ政府は、1970年代半ばから、輸出主導型に政策を転換し、自然資源を主体に貿易を自由化することで経済発展を推し進めていました(Kuwayama and Kuwayama 2002)。80年代にはこの政策がさらに加速化していましたから、新たなチップ供給先を探していた日本と更なる経済発展を目指していたチリは絶好の貿易パートナーとなったわけです。
チリでは日本向けのチップ輸出ブームが起こり、チップ産業は急成長を遂げました。これは、日本の製紙企業の発展・成功と、日本企業が払う高い木材費が要因となっています(Clapp 1998)。また、現在でもチリの輸出用チップの98パーセントが日本向けで、チリが世界で第3位のチップ輸出国である(FAO 2000)ということは、いかに日本からの需要が大きいかを示唆しています。チリでチップ木材用に伐採が行われている地域では、チップ取引がネットワーク化しています。次に、日本とのチップ取引がどのように行われているか、そのパターンとネットワークについてまとめています。
2.2チップビジネス
一般に、ウッドチップ業者は、最小限の投資で高い利益を得ることができます。というのも、主な経費はチップ用材の輸送と積み込みだけで、国内での加工がほとんど必要ないからです。港では、トラックから下ろされたチップが山盛りに積まれ、パイプラインコンベヤーから、輸送用の船に次々に移されています (Clapp 1998)。
チリの木材チップ貿易に携わっている日本の商社は、三菱、伊藤忠、住友と丸紅で、この4社が日本の製紙企業にチップを販売しています。できるだけ長期間、原生林からのチップの輸入ルートを確保するため、チリの森林法を犯す危険を最小限に抑える、多種多様な戦略を駆使しています。
チリでは、上記商社は「木材チップバイヤー」としてのみ貿易に関わっており、木材チップ購入には以下のようなパターンが見られます。まず、長期契約(通常7-10年)と投資を通じて、現地の木材チップ製造業者(輸出業者でもある)とジョイントヴェンチャー企業(以下JV)を設立します。(こうして設立した日本関連の企業は、INVERHART, Forestal Del Sur,COMACO,ASTEX, Magallanica Industrial です。)
次に、これらJV現地企業が木材チップの買い付けを行います (Langman 2003). チリでは、チップ用木材の伐採が行われている地域の(例:チリ中南部のヴァルディヴィアン・レインフォーレスト)交差点にチップの輸出業者が作った木材受託所があります。この受託所はネットワーク化されていて、ここで集められた木材はすべて各港に運ばれます。受託業者のなかには広葉樹のみ、あるいは針葉樹の松のみしか買い取らない業者もいますが、ほとんどの業者は、どんな木材でも買い取っています。木材受託所では契約による売買ではなく、木材を持ってきた人には誰にでも一単位(1.6立方メートル)ごとに公示価格が支払われます (Clapp 2001)。
木材受託のネットワークには、中小の土地所有者や個人の伐採契約者も含まれています。伐採契約者は、チェーンソーと輸送用トラックを持ち、(原生林を有する)土地所有者を一軒一軒まわって、原生林を伐採する権利を土地所有者から取り付けた後、木材を伐採し、受託業者に販売しています。受託業者はそれぞれ、他の業者より高い値段で買い取ると宣伝していていますから、製材としては価値が少ない原生林の広葉樹を高い値段で売買できる市場を提供していることになります。
しかし、この市場が誘引となって、多くの土地所有者はなるべく多くの利益を短期間で得ようと、自分たちの土地の原生林を皆伐して、広葉樹チップ市場に売ってしまっているのです (Clapp 1998)。(チリでは、こういった伐採契約者、中小の土地所有者による伐採が深刻な森林破壊を引き起こしている場合もあります。)(Wilcox 1996 and Langman 2003)。(また、このように拡大してしまったネットワークのために、伐採が合法的に行われているかを監視することが難しくなっています。チリの法律では、伐採に際しては必ず管理計画を提出しなければいけないことになっていますが、監督機関のCONAF(林野庁)は、資金・人員不足も手伝い、違法伐採の取り締まりを十分に行えない状況にあります(Clapp 1998)。
ネットワークを通して集められた木材はJV現地企業に販売され、ウッドチップに加工され、日本のパルプ製紙企業向けに輸出されています。日本の商社の中でも、三菱は、バイヤー、三菱製紙を通じた製紙業者、ASTEXの実質的経営者として、木材チップの取引におけるすべての段階に関わっています(Langman 2003)。
日本との貿易によってチップ産業が確立したチリですが、前述部分で少々触れてきたように、このチップ貿易はチリの環境にも影響を与え、また環境への影響に伴いチリの一般市民や伐採地域の住民にも影響を与えています。どんなことが起こったのでしょうか?パート3で見ていきたいと思います。
日本とのチップ貿易は、チリの原生林や地域社会の人々にも影響を及ぼしてきました。原生林伐採により森林破壊、生態系への影響が生じ、また、森林皆伐の後、チップ材生産のためにユーカリが植林されたり、あるいは、チップ用の植林が目的で原生林の皆伐が行われたりしています(Marchak 1995, Claro and Wilson 1996, and Clapp 1998)。まず、ここでは、チップ貿易に起因する原生林伐採と植林が進んだ背景について述べ、その後、この二つの事業の環境・社会面での影響について述べていきたいと思います。
3.1原生林の伐採
日本の紙製品の主な原料であるウッドチップは、針葉樹、広葉樹のサイズ・形を問わずいろいろな木材から製造することができます。これらの点は、製造業者・チップ利用業者側にとってはプラスに働くのかもしれませんが、チリの原生林にとっては悲劇的な結果を招いています。
日本との貿易が始まる以前は、チリでのチップの原料には製材の残りが使われていました(植林地のラジアータ松を使用)。しかし、1980年代後半に広葉樹からチップを製造する技術を持った日本との貿易が始まり、日本のチップ貿易相手国としての重要性が高まるにつれ、チップを増産するため原生林の広葉樹がチップの原料として使われるようになりました (Claro and Wilson 1996)。商業的には価値が低く製材としては売れない、曲がった木・小さい木原生林の木々も、日本向けのチップとして売れるため伐採の対象となったのです。
3.2産業植林
日本へのチップ輸出はまたユーカリ(外来種で早成樹種)の産業植林も促進しました。もともとチリは、林業部門を発展させるため、産業植林を積極的に取り組んでいる国ですが、日本へのチップ輸出のため原生林を皆伐し、ユーカリの植林に変える土地所有者も多く出てきています(Clapp 1998 and 2001)。
ユーカリは15〜20年ほど(気候や自然条件が最適の場合8年)で成長するユーカリ・グローバラスなど早成樹が使われ、チリ全土で24万ヘクタール以上の産業植林が行われました。既に、第7〜9行政地区では原生林から産業植林地への転換が盛んに行われおり、原生林は残りわずかとなっていますが、林業関連企業はもっと多くの原生林を単一種の産業植林に変えたがっています。第6〜第10行政地区がその対象となっていますが、これらの地域は、雨量が多く気候も比較的温暖なため、木の成長が最もよく、植林に適しているのと、木材加工場や輸送用の港にも近いという地理的有利さが重なっているためです(Wilcox 1996)。
植林事業には外国資本が深く変わっているのですが、これは、1990年にチリが軍事政権から民主政権に戻ったことで、政治的にも安定したという見方が世界に広がり、外国からの林業部門への直接投資が増えたためです。なかでも日本はその中心となって何億ドルもの短期的な資本投資をおこなっています(Wilcox 1996)。日本は製紙企業が中心となって、ウッドチップ用のユーカリを中心に植林を積極的進めています。チリでの植林事業は既に4万ヘクタール以上に達し、2010年までに、5.3万ヘクタール(東京都の面積の約1/4)に増やす予定です(久田2000)。
3.3原生林伐採と植林の影響
■社会的影響
日本企業は、チリにある子会社を通じて、植林のための土地確保にも取り組んでおり、通常の土地の値段に上乗せをして土地の買い上げを行っている場合もあります。この結果、チリ南部など、ユーカリの植林に適した地域では、土地の値段が高騰しているところもあります。さらに、植林面積を増やそうと圧力をかけている日本企業もありますが、チリ政府、特に、経済発展と外国投資を推進している政府機関は、日本企業からの圧力を阻止したり、拒絶できない状態にあります(Clapp 1998)。また、原生林を伐採し、その後にチリには自生しない外来の単一種を使った産業植林にかえることは、チリの一般市民にとっては心情的に受け入れがたく、大多数の方々が反対しており (Wilcox 1996)、原生林の減少が進むなか、原生林保護を訴える市民の声も高まっています(Wilcox 1996, Clapp 1998, and Carwright 1999)。
■環境への影響
皆伐・植林による原生林の減少は、種の固有性が高く、脆弱なチリの生態系にとって大きな脅威となり、生物多様性に対する影響が懸念されています。動植物の固有性が高いということは、限られた地域内で進化を遂げたため他の地域に生息する種との接触がない、すなわち、急な環境変化を含む外的影響に生態系事態が慣れていないことを意味します(Smith and Smith 2001)。こういった生態的特色がありますので、原生林の皆伐・産業植林への転換によって起こる影響についての学術的な研究は始まったばかりで、科学的データはチリではまだ少ないのですが、原生林の皆伐や、もともとチリには生息しない樹種を植えることが、チリの脆弱な原生林の生態系に及ぼす影響ははかり知れないのです。
事実、チリとの自由貿易協定に際しアメリカ通商代用部 (USTR 2001) が行った環境影響調査報告書のなかで、皆伐・産業植林について、以下のように、環境に対する懸念が述べられています。
また、チリの原生林に生息する動植物の中には、すでに生態数がかなり減ってしまった種もあります。CONAF(林野庁)によれば、チリの原生林に生息する動植物のうち、38種の樹木(樹木類全体の30%)、42種の哺乳類(哺乳類全体の33%)、54種の鳥類(鳥類全体の12%)、32種の爬虫類(爬虫類全体の38%)、25種の両生類(両生類全体の64%)、42種の淡水魚類(淡水魚類の95%)が、絶滅の危機に瀕する種あるいは希少種に指定されています。原生林の状態と生息する動植物の生息数は比例しますので (Wilcox 1996)、生息数が減り保護を必要とする種が含まれているという事実は、原生林における生態系のバランスが崩れ、生物多様性が失われつつあることを示唆しています。
- 原生林を皆伐し産業植林へ転換することは、生息地を壊してしまい、絶滅の危機に瀕している動植物にとって、絶滅の危険性を高めてしまう。
- 皆伐の後、伐採跡地へ火を放すことが行われているが、これは表土(土壌の栄養分を保つのに欠かせない)を破壊し、深刻な土壌浸食を招きかねない危険性がある。(表土を失うことで、植林地へ転換した後、最初の2・3年は土壌を不安定な状態にしてしまい、大雨の後など土壌と一緒に栄養分も流れ出してしまうためです。)
- 産業植林地で利用される農薬は環境へ悪影響を及ぼす可能性がある。
チリの原生林と野生生物が直面している絶滅の危機は、今までの、チリでの産業活動の影響もあり、日本とのチップ貿易だけが要因というわけではありません。とはいえ、日本とのチップ輸出ブームはチリの原生林の皆伐を促進し、現在でもチップ用の伐採が行われ、ヴァルディヴィアン・レインフォーレストなど危機に瀕した生態系にとっては深刻な脅威となっているのも事実です。CONAMA(国家環境委員会)のメンバーであるClaro博士も、日本からのチップ需要によって、新しい資源開発ブームがチリで起こり、その結果、原生林の皆伐が急速に進んでしまったと述べておられます (Claro and Wilson 1996)。
原生林の木は曲がったり、小さかったりするため、商業的な価値は低いかもしれません。原生林からの木材を使うことを「木材の有効利用」と位置付けされている場合もあるようですが、たとえ商業的に価値が低くても、原生林は野生生物に食糧・住処を与え、植物には栄養を与えるなど、チリの原生林と生態系にはなくてはならない、大切な存在であることも、私たちは心に留めておくべきではないでしょうか?
原生林の急速な現象を食い止めるため、チリの環境NGOの方々も他の国々の国際環境NGOと協力して、原生林保護に取り組んでらっしゃいますが、森林資源の「消費価値」以外の大切さを森林政策に反映させ、原生林保全を成し遂げるのには、厳しい状況のようです。要因は、チップ貿易にも関連している政治的・経済的利害などですが、最後に、こういった原生林保護を阻む要因について見ていきます。
- 1980年代以降「南アメリカの奇跡」と呼ばれ、産業の民営化や貿易の自由化によりめざましい経済発展を遂げたチリですが、貧富の格差が広がり(Hojman 1996)、国民の20%は貧困の状態にありますので(CIA 2002)、経済発展に焦点があたるのは否めないかもしれません。
ただ、森林の消費価値のみが強調された結果、チップを含む木材貿易場推進され、チリの原生林が次々に消えてしまったのも事実です。年間12万〜20万ヘクタールの割合で原生林破壊が進み、わずかに残った原生林も保護の対象になっていませんので、原生林を守ろうと環境NGOの方々も保護活動に取り組んでいらっしゃいます。しかし、原生林保護を阻むいろいろな要因が影響しており、なかなか努力を成果につなげるのが難しい状況です。
要因としては、主に1)チリ産業界の森林に対する価値観、2)原生林の植生的特徴と原生林に対するイメージ、3)森林管理法と法施行についての問題、4)チップ業界の特色、5)産業界・政策立案者の環境保護に対する理解不足などがあります。- 1) 森林に対する価値観
よく指摘されていますが、チリでは一般に、森の消費用資源を最大限に使って経済利益を生み出すことが、森林の価値につながっています (Clapp 1996 and 1998、Silva 1996, Wilcox 1996, and Neira et al. 2002)。チリでは、森林をどのように管理するかについては、経済中心・開発中心の経済界・政界エリートの発言権が大きく、彼らの「チリは、経済的にあまりにも貧しいため、自然資源の経済的利用性を少しでも無駄にすることはできない」という考えが優勢的です(Clapp 1998)。
国の政策決定にはどうしても政策立案に携わる人々が持つ価値観が深く関わっていますので (Harrison 2000)、チリの森林管理に関して、我々人間が消費し経済利益をもたらす「消費用資源」としての側面のみが重要視されています。
チリ産業界から見た「自然保護」とは自然を保全すること(消費用資源の利用を止めるか控えるかして、生物多様性や生息地としての機能を含め自然が本来持っている、いろいろな役割や価値を保つ努力)ではなく、自然資源の利用を強化することを意味しています。
んっ?と思われるかもしれませんが、これは、経済利益を維持できる産業だけが、資源を維持できるという理由からで、森林を管理することが経済利益につながらなければ、資源の価値は下がってしまうとしています。消費用資源の維持が第一ですので、もし原生林が経済利益をもたらすことができないのであれば、利益を必ずもたらす植林に変えるのが妥当だというのがチリ産業界の一般的な見方です(Clapp 1998)。- 2) 原生林の植生的特徴と原生林に対する一般的なイメージ(チップ市場観)
チリの原生林の樹木は一般に密集して生育しているため、細い木や湾曲してしまう木が多いと言う特徴があります。こういった木々は製材としては売れないため、付加価値の低い輸出用ウッドチップ・薪燃料以外に使い道がなく大きな経済的利益につながらないことが多いのです。しかし、チリに生育する125の原生樹木種のうち30種は商業用として利用も可能ですので、チリの多くの科学者や生態学者は、外来種の単一植林ではなく、環境に悪影響を及ぼすことのないチリ固有の樹種を植えて商業用に使ってはどうかと提案しています(Wilcox 1996)。なかには1立法メートルあたり、ラジアータ松の4倍の値段で売れるラウディという固有樹種もあります。
ただ、15〜20年、あるいはそれ以下で収穫できる外来種と比べて、大半の原生木種が成長するまで40-50年、あるいはそれ以上かかる上に、商業価値のある原生木種の育林法(間伐等を含む)や二次林の生産性も、科学的データが足りず予測不可能なため、土地所有者のあいだで、原生林を維持しようという意欲があまりわかないのです(Clapp 2001)。
上記の要因により、原生林イコール「非生産的」のイメージが強く、土地所有者は原生林を維持・管理しようというよりは、木を伐採して、国からの補助金をもとに、経済的利潤が期待できる早成樹種の単一植林に切り替えようとする傾向にあります。また、現在のチップブームが一時的なもので、ブームが終われば原生林樹木の価値がなくなることを心配している土地所有者が多く、売れるときに現金に変えておこうという市場観もあるのです (Clapp 1998 and 2001)。- 3) 森林法・法施行のおける問題
前述のように一般的に、森林資源の「消費価値」に趣が置かれているため、植林への補助金を保証する701法のように、管理法自体に森林資源の消費を促す要素が含まれていて、原生林の保護(生態系を持続させること)を難しくしています(Neira et al. 2002)。また、「環境枠組み法」により林産物企業はすべて、大規模な伐採に際して「環境影響評価」を行うことが義務付けられていますが、この法律もあまり効果的ではありません。
というのも、違法行為に対する取締りが十分ではなく、審査の実施に際してもいわば「法の抜け道」があるためです。この法律では、森林でのプロジェクト(伐採・チップ用植林など)に関して、長期間にわたって行う「蓄積効果」の審査は、プロジェクト面積が20ヘクタール以下のものに関しては、免除されています(USTR 2001)。
このため、多くの外国籍の企業は、プロジェクト用の大規模な土地を小さく(20ヘクタール以下)分割し、この義務を逃れています(Vera-Osses 2002)。さらに、伐採を禁じられている樹木を切ったり、天然記念物に指定されている原生林で伐採を行わない限り、この「環境枠組み法」に違反しても刑罰の対象にはなりません。この点もこの法律の効果を弱めている要因です。このように「法の抜け道」があり、またそれを利用する企業も多いため、十分に効果的かどうかは疑問です。
また、たびたび指摘されていますが、チリでは、違法伐採に対する取締りが不充分で、罰金の設定もあいまいです。これには、取締りを行う政府機関の資金・人員不足(USTR 2001 and Neira et al. 2002) や地域の裁判官が違法行為を行う人々との癒着のため、罰金を最低限に押さえてしまうことなどが原因です(Wilcox 1996)。
さらに、環境法を実施し、取り締まる包括的権限を持った中央政府機関がないこともチリの原生林保護とって障害となっています。商業活動が環境に及ぼす影響について、監視や報告など実際に法律を施行する役割は、いろいろな省が受け持っています。環境法の各条項はそれぞれの省に関連する分野別の法律に、ばらばらに散在しているためです。また、これらの省の多くは資金が足りないため、環境法に含まれる条項を守られているかどうかを監視するには不充分です(USTR 2001)。- 4) チップ業界の特色
さらにウッドチップ産業に関しては、チップ関連企業の多くが外国の企業であり、伐採など商業活動を行っている地域(土地)に対し、長期にわたって、精神面な結びつきや社会的責任を果たす義務がないということを指摘している研究者もいます (Claro and Wilson 1996)。- 5) 産業界・政策立案者の環境保護に対する理解不足
資源の利用を控えることにつながる環境保全活動には「贅沢」というレッテルが貼られ、森林保護を訴える人々は「利己主義」で彼らの意見は「非科学的」だという見方が残念ながら存在し、経済発展推進派に押され、原生林を守るための意見は、なかなか森林管理政策に反映されない状況です (Clapp 1998)。
チリはかつて、多様なタイプの原生林に覆われていましたが、過去200年間に、その大部分が失われてしまいました。農業・牧畜・住宅用地へ転換したり、建設用材・家具材として利用されていくうちに、原生林の面積は瞬く間に減り、また、1980年後半以降は残った原生林も日本へのウッドチップ用材として伐採され、ますます原生林は少なくなっています。原生林減少は野生動植物の生息地が減ったことも意味し、そのため、野生動植物の生態数も減り、チリには保護を必要とする動植物が増えています。
近年、チリ社会の原生林保護に対する関心・価値観も高まり、保護への努力も行なわれてはいますが、依然いろいろな障害があります。政策の決定に関わっている人々が森林の「消費価値」を重んじ、森の多機能的価値よりは経済利益を守ろうとする傾向にあり、また、法律に関しても環境法が不充分だったり、資金・人員不足のため違法伐採の取締りが行き渡っていないなどです。
こういった状況ですので、日本からのチップの需要は、チリでは原生林の皆伐・産業植林への刺激・誘引となり、原生林破壊の要因となっています。「チリが国政でチップ貿易を推進しているから」、「法律が不充分だから」、「原生林を伐採しているのはチリの土地所有者、チップ取引業者だから」という論もあるかもしれませんが、輸出用チップの殆どを輸入している日本は、チリで起こっている原生林の破壊と無関係だとはいえないのではないでしょうか?
チリの原生林は、動植物を含め生態系自体の絶滅が危惧されています。既に絶滅されたと見られている種も存在します。一度失ってしまったら、どんな科学的技術を駆使しても二度と元に戻すことはできません。地球の歴史が始まってから何億年もかけ、固有の進化を遂げてきたチリの動植物は、大部分の生息地を失い、今また、私たち日本人が使うコピー紙・包装紙のためにその生息が根本から脅かされてしまっているのです。
日本の市場は、チリがどれほど多くのチップを輸出しても、それらを全て吸収してしまうほど巨大なのです。。我々日本の市民、日本の商社、製紙・パルプ業界が中心となってチリの原生林を維持する方向にもその影響力を駆使することが可能なのではないでしょうか?
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