LIM No.26より
■マイクロクレジット
エンパワーメントか、債務の女性化か?(後半)
APECモニターNGOネットワーク
三輪 敦子
しかし、女性のエンパワーメントの観点から重要なのは、女性のマイクロクレジットへのアクセスがマイクロクレジットへのコントロールにつながっているか、そして女性自身の生活が改善しているかという点である。このような問題意識に立ち、女性が「自分の意志で融資の使い道を決めているかどうか」に焦点を絞った調査がある。
主に借り手への聞き取りによって行われたこの調査の結果によれば、女性への二七五件の融資のうち、借りたお金の使い道をすべて女性が決めていたのは十七・八%、市場に売りに出すといったバングラデシュでは男性の領域になっている部分を除いては女性が決めていたのは十九・四%、使い道を決めるのは女性自身ではなく労働の提供にとどまっていたのが二十四・一%、ほとんど労働にも関わっていなかったのが十七%、お金がどのように使われているのか理解していなかったのが二十一・七%であった。
融資をコントロールしていると考えられるのは約4割、残りの6割はアクセスはあってもコントロールはしていない、2割に至っては単なる融資窓口という結果である。この結果をどうみるかという点についてはバングラデシュで女性が置かれてきた状況との関連もあり意見が分かれるかもしれないが、少なくとも、喧伝されているようなマイクロクレジットの女性への効果については簡単に信じるべきでないということは言えるのではなかろうか。
返済に苦しむ女性
女性自身が融資の使い道に関与していない場合、どのような事態が起こるかという点については、男性がきちんと毎週の返済額を渡さないために女性が日々の生活で貯めておいたへそくりを切り崩すことになったり、返済を渋る男性に女性が泣きつき、その結果として女性に暴力が振るわれることもあることが報告されている。
またアクター氏のペーパーでは、女性が別の金貸しやNGOからお金を借りて返済に充てるという、日本のサラ金地獄のような例も紹介されている。これでは女性は、返済保障、そして融資プログラムの運営費カットに利用されているだけのようだ。融資がなかなかもらえない女性に対して男性が暴力を振るうといった場合もあるようで、女性が金銭をもたらさないと厳しい状況に追い込まれるという点で、「ダウリーの一形態(It is just an other form of dowry.)」と語るフィールド・ワーカーさえいる。
効率重視の参加型?
アクター氏のペーパーで興味深いのは、女性に負担を課しながら開発を推進しようとするという点で、マイクロクレジットは初期に行われた人口抑制プログラムと多くの共通点を有するとしている点である。人口抑制プログラムによって実施された不妊手術対象者の実に95%は女性だったのだが、これは、女性が従順で強制力が働きやすいことが理由だったとし、女性に負担を負わせる形で開発目標の達成が目指されたことを指摘している。
一見、プログラムに参加しているようにみえても、参加者自身の意志が反映されるという意味の参加ではなく、ジェンダーを利用したプログラムの効率という観点からの参加、これでは本当の意味での参加型とは言えないだろう。これは、他の様々な開発プログラムにおいても検証されるべき点だと思う。
借り手である女性が、より自分の意志でマイクロクレジットを活用するようになるためにはどうすればいいのだろうか。女性が市場に生産物を流していけるように支援することや、識字・計算指導を通じた運営管理能力の向上に加えて、女性の組織化を通じて権利についての意識を高めることや、女性のリーダー・トレーニングが指摘されている。また、実際には男性が使い道を決めることが多い現実を認識して、誰が融資を使うことになっても、その使い道や融資の利用状況はきっちり女性自身も把握するよう働きかけている女性NGOもある。
これらはどれも時間をかけた地道な努力を必要とするが、実際のところ、今のマイクロクレジット業界ではこのような取り組みを実施するのはなかなか難しい。その背景には、どれだけ多くの融資を提供し、高い返済率を実現できているかにドナーやマイクロクレジット機関の関心が集中してしまい、融資利用を通じた貧困層の生活改善という元々の目的がトーンダウンしてしまっている現実がある。
フィールドワーカーも融資額のノルマを課せられ、100%の返済率を達成すればボーナスがもらえるという訳で、自ずと以前に時間を費やしていたような組織化はおろそかになってしまう。組織化、融資利用を通じた土地なし農民の組織的連帯を目指していたBRACも、今では単なるグループ作り以上のことはしていないようである。融資金額、利用者数、返済率といった観点からだけマイクロクレジットを推進するのでなく、融資利用の質や生活(特に実際に融資を手にする女性の)に与えたインパクトに重点を置いたプログラム作りと評価が求められると思う。
グローバライゼーションの波に飲み込まれた農村
アクター氏のペーパーは最後に、マイクロクレジットを通して、バングラデシュの農村の人々がグローバライゼーションの波にのみこまれていく様子を紹介している。多国籍企業が、途上国の農村部への市場拡大の足掛かりとしてマイクロクレジットに目を向け出したのである。
現在、グラミン・バンクはテレノール(ノルウェー)や丸紅と提携しており、農民は携帯電話を買うために融資を受けている。BARCはACIやマクドナルドと提携し、ハイブリッド種子販売のために融資を提供している。グラミン・バンクはモンサントとの提携も模索しているようであり、そうなれば農民は融資と引き換えに同社が技術開発した品種を買うことになるだろう。
グラミン・バンクのユヌシ氏は「適切に利用すれば、技術は物理的距離や文化的差異の壁を越えて、貧困層に経済的利益をもたらす。携帯電話を手にすることで貧しい人々も瞬時に世界中とつながれる。」と確信しているようである。しかしちょっと楽観的すぎないだろうか。
特に種子の販売といった点については、特許を多国籍企業が握っているために永久に種子を買い続けざるを得ない状況に追い込まれたり、安全性について大きな議論がある遺伝子組み替え食物が知らない間に途上国の農村部に流れ込んだりという問題を引き起こすことが心配される。
携帯電話にしても、利点は認めないでもないが、これがデジタル・ディバイドの解消につながるのだろうか。結局のところ、得るものが多いのは多国籍企業とグラミン・バンク本体で、農民ではないと感じるのは私だけだろうか。
隠れた政治的意図?
アクター氏はこうした動きを、アメリカ等の政治的意図と結びつけてもいる。つまり、原理主義的傾向が強まっているとされるイスラム教国バングラデシュで、女性への融資を媒介にして資本主義の恩恵を貧困層にもたらし、原理主義的傾向をくい止めようとしているというのだ。
ペーパーは97年2月19日付けインターナショナル・ヘラルド・トリビューン誌に掲載されたアラン・ジョリス氏の以下のような記述で締めくくられている。「パトリオット・ミサイルでもできなかったことがマイクロクレジットにはできる。マイクロクレジットは貧困層を飢餓から解放するだけでなくて、貧困層、そして私達を狂信的原理主義者から解放するのだ(下線筆者)。」
このように説明されると、「・・の陰謀」といった類の話になってしまう気もしないでもないが、本当にそういう意図もあるのだろうか。「貧困層の」「女性が」「驚異的な返済率を達成する」貧困緩和の特効薬として、開発協力業界の一大潮流となったマイクロクレジット。現在も世界の多くの場所で、政府機関、NGOの双方が多大な資金を投入している。
アクター氏のペーパーは、マイクロクレジットが本当に女性の生活に貢献しているのかという点については注意深い検証が必要であること、そして、グローバリゼーションの進展によってマイクロクレジットがこれまでとは異なる性質のものになりつつあるという現状を私達に教えてくれる。多国籍企業が関わりを増やすにつれて、ますます女性自身の生活の質の改善という目的が薄らいでいくのではとの懸念を強く感じ、そうした視点からの評価・検証の必要性を改めて痛感した。