LIM No.25より
■マイクロクレジット
エンパワーメントか、債務の女性化か?(前半)
APECモニターNGOネットワーク
三輪 敦子
マイクロクレジットといえば、90年代の開発援助・協力業界を席巻したキーワードの一つと言っても過言ではないだろう。97年にはワシントンでマイクロクレジット・サミットなる会議が開かれ、時の大統領夫人、ヒラリー・クリントンがマイクロクレジットによる貧困層支援を強力に後押しする演説を行い、2005年までに全世界の1億世帯に対してマイクロクレジットを提供することが宣言された。
グラミン・バンク
マイクロクレジットをここまでメジャーな存在に押し上げた立役者として必ず名前が挙がるのが、バングラデシュのグラミン・バンクである。グラミン・バンクは1976年にチッタゴン大学教授のユヌス氏によって始められた、貧困層を対象とする小規模融資機関である。当初、その活動はなかなか軌道に乗らなかったのだが、男性がほとんどだった融資対象を女性にも拡げ、そしてその女性達がそれまでの常識を覆して驚異的な返済率を達成するに至り、開発協力業界に彗星のごとく現れた「貧困緩和のためのすごい銀行」として注目を集めるようになった。
グラミン・バンクのどこがそんなに革新的だったのだろうか。まず、挙げられるのは、貧しく担保もなく、金融機関からすればお金を借りて返すなどという経済行為が可能とはとても考えられなかった農村部の貧困層が、市中銀行でも難しいような100%に近い返済率を達成した点である。しかも、この驚異的な返済率は、バングラデシュでは家庭の外での活動を非常に制限されており、教育レベルも低く、従って読み書きができないことも多い女性達によって達成された。
つまり、80年代後半、援助が見込まれた成果を生まず、いつ終わるともしれない資金援助にフラストレーションを募らせ、「援助疲れ」状態にあったドナーにとって、投入した資金が持続的に回転するどころか膨らみもするという点で、マイクロクレジットは願ってもない理想的な支援形態であったし、女性への効果的な支援を各援助機関が模索しつつあった時期に、「バングラデシュのような国で」「教育レベルの低い」女性達が示した借り手としての有能さは、こうした方法を通じて女性を支援することを多くのドナーに考えさせることとなったのである。
90年代に入ってエンパワーメントという言葉が重視され出すと、「農村女性のエンパワーメント支援」といえば、必ずと言っていいほどマイクロクレジットの名前が出てくるようになった。
エンパワーメント?
それでは、マイクロクレジットは本当に女性のエンパワーメントに結びついているのだろうか。これは、実はこれまであまり焦点が当たっていなかった問題である。返済率の高さ、融資機関として健全な運営がなされているかという点に関心が集中し、融資先の女性の生活がどのように向上したかという点については、成功者の物語がいくつか語られることはあっても、まとまった形での調査という形で目にすることはなかった。
こうした問題意識を私が初めて耳にしたのは、1993年頃、当時働いていたバンコクでのことだったが、上司のフィリピン人女性から「グラミン・バンクは素晴らしいという話しになっているけど、女性が融資を活用してどのように生活を向上させたのかという点にもちゃんと目を向けるべきいう意見が出てきている」という話を聞き、はっとさせられた記憶がある。どうしてこんな当たり前と言えば当たり前のことに気づかなかったんだろうとも思った。
余談になるが、この話を、当時、女性支援も含めた社会開発分野への参入をもくろんで、コンサルティング会社設立を考えていたある男性に話したことがある。驚いたことに、思いっきり顔をしかめられて、「えっ そんなことまで要求するの 」と心底いやそうに言われた。
「女性への支援」とか口にしても、所詮、時流に乗って「進んだ」ことをやっていると思われたいだけなんだなあと、こちらも心底がっかりした記憶がある。これまでは融資対象になり得なかった女性に融資を提供して事足れりとするなら、初期に多くの援助機関が乗り出し、無数の失敗例を残した「女性の所得創出活動」と全く異なるところがない。
グラミン・バンクを検証
このような「女性の生活の向上」「女性のエンパワーメント」という観点からグラミン・バンクを検証した興味深いペーパーを、インドネシアで昨年、夏に開催された「貧困と開発融資に関するAPRN(Asia Pacific Research Network)会議」に参加したAMネットの川上氏が持ち帰ってくれた。こうした視点から行われた他の研究と併せ、マイクロクレジットは本当に女性のエンパワーメントにつながっているのか、どのようなことが問題となっているかについて紹介したいと思う。
APRNで報告を行ったのは、バングラデシュのUBINIGというNGOのファリダ・アクター(Farida Akhter)という女性である。”Micro-Credit: The Development Devastation for the Poor”(貧困層を破滅させるマイクロクレジットによる開発)というかなり刺激的なタイトルがついた彼女のペーパーは、マイクロクレジットが貧困解消の万能薬であるかのごとく扱われるようになり、途上国政府が次々に債務返済不可能な状態に陥るなか、貧困層だけは有能な返済者として拍手喝采を浴びている開発協力業界の現状を皮肉な現象として捉えている。
彼女はペーパーのなかで、マイクロクレジットを「負債を女性に押しつける害の多い開発援助の最新形態」 “latest development disaster through feminization of indebtedness”と位置づけている。どうしてそのように考えるのか。最初のところで少し述べたが、グラミン・バンクを始めとするマイクロクレジット提供機関は、始めから女性を対象として活動していたわけではなかった。最初は借り手はほとんど男性だったのだが、返済が滞り運営が立ちゆかなくなりかけたところに女性へ融資対象を拡げてみたら、これがうまくいったという経緯がある。
このような女性へのシフトは80年代後半から顕著となり、1992年にはグラミン・バンクの融資利用者の93%、バングラデシュを代表するもう一つの巨大NGOであるBRACの融資利用者の74%が女性であった。現在では、グラミン・バンクは女性を対象とする金融機関となっている。このように女性が有能な返済者となった理由として挙げられているのは、女性が家から離れることが少ないバングラデシュでは女性の方が毎週のミーティングに出やすい、また同じ理由で居場所をつきとめて返済の取り立てを迫ることも容易、女性の方が決まりを従順に守る、返済を滞らせないようにとの他のグループメンバーからのプレッシャーにも女性は弱いといった点である。
つまり、融資プログラムの効率的な運営を達成するために現存するジェンダーがうまく利用されているという側面が多分にあるのである。
とは言え、アクター氏は触れていないが、生活を良くするための元手を得る機会がなかった女性達が何某かの資金を得られるのは一定の進歩でもあることは間違いない。女性が所得を得ることは家族全体の利益にもつながる訳で、それは女性の家庭内での地位の向上につながる可能性をはらんでいる。(次号にて後半を掲載)